【米国の死刑囚】執行直前に殺人犯が笑いながら行った〝奇行〟とは?

 死刑囚の執行前の心情とは如何ばかりか――。

 こんな想像をし、もし自分だったらと思いを巡らせたことのある人もいるのではないだろうか。もちろん、死刑囚であるということは、それだけの罪を背負っているということの裏返しでもあり、だからこそ、その死は(冤罪以外の場合において)当然の報いであるという点において間違いないかもしれない。とはいえ、自分の生が限られているという状況を味わうという点においては、非常に濃く、耐え難い状況であると言える。

 そんな死刑に関して、アメリカで刑を執行された一人の男の〝奇行〟が報道によって伝えられ、話題を呼んでいるという。

 BBCが2日に伝えたところによれば、アメリカ・テキサス州で、娘2人を殺害した罪で死刑囚となっていた男の刑が執行されたという。男は、ジョン・バッタリアという62歳の元会計士で、2001年に6歳と9歳の娘を殺害し、死刑を宣告されていた。

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 バッタリアは、事件の前に妻のパールと離婚していた。その後、2001年5月に元妻への秘密保持命令に違反したとして、妻が警察に通報。警察がそれをバッタリア本人に通知した際、夕食を一緒に取る予定となっていた娘2人を、元妻に電話をかけ、叫び声を聞かせながら複数回射撃して殺害。その後、別の恋人とバーに行ったところで逮捕されたという。

 逮捕後の裁判で、バッタリアに「妄想障害がある」として責任能力が問われることとなったが、最終的に死刑が宣告されていた。彼の弁護士のチームは、バッタリアの現実の認識能力に問題があるとして、最高裁に再審を求めていたが、却下されていたという。この死刑は、今年に入ってからアメリカにおける3人目の執行となり、そのすべてはテキサス州で行われている。

 話題となっているのは、バッタリアが刑を執行された際の態度である。1日に死刑が執行される前、ガラス越しに死刑の執行を見ていた元妻のパールに対して笑いかけながら「やあ、メリー・ジェーン」などと声をかけ、「皆、また会おう。さあ行こうじゃないか」と発言。薬物注射をされた数分後、バッタリアはやはり笑いながら「俺はまだ生きているのか?」と周囲に尋ねたという。薬が効き始めると、「ああ、感じるぞ…」と話すなどした後に意識を失い、注射から22分後に死亡した。

 一部始終を見ていた妻は、その場を離れる際、「もう彼を見るのは十分」と語っていたという。

 この件について、ネット上の外国人の間では、「妻にとっての終わらない悪夢だ」「俺が妻であれば、自分の手でこの男を殺していただろう」「こいつは死ぬべきだった」と、バッタリアの非道への怒りと妻への哀悼をささげる声が圧倒的である。しかし、「空気が少し綺麗になった気がする」と、バッタリアのような人間がこの世から消えたことを喜ぶ声、さらには「しかし死刑はなくすべきだ」という死刑廃止論を唱える声などが見受けられるのも事実である。

「死刑は犯罪の抑止力となるから必要だ」「報復感情を満たすだけで抑止力はないので廃止するべきだ」など、死刑をめぐる議論はいまだ終わることがなく世界中で続いている。しかし、バッタリアのように、抑止力としても機能せず、おそらくは報復感情を満たすことすらかなわない〝モンスター〟に対しては、果たして死刑はどういった意味を持つのか。

 こうした人物、が再び現れないことを願うばかりである。

(文◎コリス東条)