【危険ドラッグ・集中連載①】捜査機関に追われ逃亡した末…(後編)

日本国内に危険ドラッグが出回るきっかけを作ったA氏(48)。合計して5億円以上の利益を得ていながら、すっかり使い果たしてしまった理由とは何なのか?

「14年に廃業したんですが、廃業前に販売した商品の中から、指定薬物が見つかったとかで、卸し先の販売店のいくつかが警察のガサ(家宅捜索)を受けたんです。それで、『これはまずいなぁ』と思い、急いで手元にあった現金をかき集めて、知人が住むイギリスへ渡りました。ですが、観光ビザでは6カ月以上の滞在はできないので、その後は、ヨーロッパや中東、東南アジアの国々を転々としていたんです。その間、ずっとホテル暮らしだったこともあり、所持金は一年半で底を尽きました。それで、仕方がないので日本に帰国することにしたんです」(A氏)

A氏が廃業した14年は、「池袋危険ドラッグ吸引RV車暴走死亡事故」や、1カ月の間に判明しているだけで15人が死亡した「ハートショット」や、同様に複数の死亡者を出した「グリーンメイドレジェンド」 などが出回った年である。それを受けて、医薬品医療機器法(旧薬事法)が改正されるなど、国を挙げて危険ドラッグ排除へ向けた動きが強まっていた。それまで、「合法ドラッグ」や「脱法ドラッグ」と呼ばれていたものを、厚労省と警察庁が「危険ドラッグ」に定めたのもこの年だ。そして、それまで野放し状態だった、販売店や製造業者への取り締まりが繰り返されていくのだ。

一年半に渡り海外で逃避行していたA氏は、結果的に捜査機関から追及を受けることはなかった。だが、危険ドラッグで稼いだ金は全て使い果たし、今はタクシーの運転手をしながら滞納している税金などの支払いに追われる日々を送っている。

そんなA氏が、危険ドラッグ業界の現況について、次のように振り返る。

「同業者の中には、うまく金を残せた連中も若干います。だけど、その大半は何らかの事業に再投資して失敗した結果、シャブ中(覚醒剤中毒者)になったり、生活保護受給者になったりといった感じですよ。結局、危険ドラッグが簡単に儲かりすぎたんでしょうね。取引先だった販売店の店員や客は、所詮、危険ドラッグ好きのジャンキーたち。それを相手にしているから、適当に作った商品でも、それなりに売れたんですよ。食品や薬品だったら原材料とか配合量を厳密に管理しなければいけませんが、危険ドラッグはその辺、とにかくいい加減でした。同じ製品でも、ロットによって、成分がまるっきり変わっているなんてこともしょっちゅうありました。そもそも、吸引用として販売しいるのではないから、効果についてクレームの付けようがないですしね。そんな世界で金を稼いできた人間が、その後、まともな事業なんてできるわけがないんです。幸い、私は捕まることもなかったので、次のおいしい商売が見つかるまでは、おとなしくしていようと思います」(A氏)

世の中に危険ドラッグを蔓延させた張本人であり、販売した商品によって買った人々が何らかの健康被害を引き起こしていた可能性もある。それでも、最後までA氏から反省の言葉が出ることはなく、次なる〝鉱脈〟探しに余念がないようである。

(文◎四菱 紘淳)