【貧困現場探訪③】若者の目から見た〝変革〟を拒絶する西成の体質

〝日本三大ドヤ街〟(※ドヤ=簡易宿泊所)のひとつである大阪市西成区の通称「あいりん地区」を舞台にしたシリーズ連載・第3回。今回取り上げるのは、この街では珍しい30代の男の姿である。彼はどのような理由を抱えてこの街へとやって来たのだろうか――。

日本の生活保護受給者は216万5000人(2014年9月)だというが、全国の都道府県に較べて割り合いが高いのが大阪市だ。人口の割合でいうと18人に1人が受給しているというデータもあるほどで、そのパーセンテージの高さがお分かりいただけるだろう。

その中でも受給率が異常に高いのが、あいりん地区を擁する西成区である。

大阪市福祉局生活福祉部保護課保護グループの2017年3月24日の発表によると、なんと1000人中239.3人が受給者だというデータが上がっていて、この数字は隣接する浪速区が1000人中78.9人だから、およそ3倍。北区、中央区、西淀川区などの1000人中20〜30人という区に較べるとおよそ10倍という、おそろしい数字であることが分かる。

この原因は、西成という地域における高齢化と、それによる失業率の高さが大きな理由と考えられている。

簡単に書けば、年を取ったために仕事にありつけず、年金ももらえない生活であるために、生活保護を受けざるを得ないという状況に陥っているのだ。

この西成という街を歩くと分かるが、若者はバックパッカーがほとんどである。街角には多くの住民の足である自転車が規則正しく並べてあり、夜の10時も過ぎると住民は眠りについてしまうため暗い。

たまに若い女性とすれ違うこともあるが、昼間であれば介護ビジネスかNPOに関連している女性で、夕方から夜間にかけては中国人が経営する中華系スナックのホステスがほとんどだ。

何が言いたいのかというと、この街の「顔役」とも言える年老いた労働者たちは、つまり安いドヤか福祉アパートに引っ込んだっきり出てこないのだ。

理由の一つが、この街の娯楽の少なさだ。

数年前までは違法な「ノミ屋」が数多く点在しており、そこに通う人で街中は活気があった。しかし、それらが摘発されて以来、公営レースのある土日祭日でも、この街に活気はない。この街のシンボルである通称「三角公園」の名物であった街頭賭博で賑わった時代は、遠い昔の話である。

そんな西成で、20〜30代の若者は数少ない。いるだけで、かなり目立つ存在だ。

この街に流れ着いてもうすぐ10年になる森田もそんな一人で、彼は現在30代。この街で「何かを始めよう」と考えて来た男だが、現実は厳しく、何も出来ず無為な日々を過ごしている。

関東で生まれ育った森田には、大阪はもとより、西成の土地勘はまったくない。彼は学生の頃、世界各国の貧しい地域を旅して、様々なことを感じて学んだという。その後、帰国した森田はネットで調べ、この地域で何か出来ると思い住み着いた。

何の馴染みもない森田はまず、NPOが行う炊き出しや、夜回りをしてみた。しかし、そこで「何か」を掴むことはできず、ただ見ているだけの存在であった。

しかし、いつの間にか日雇いで働き始めた時、街には恵まれない人が多いことに気付き、自分が炊き出しなどをやる側に回ることを思い立ったのだった。そして、あるNPOの臨時職員となった森田だったが、その内面を見て驚いたという。

そのNPOでは、全国から物資を集めるなどのリサイクル活動を行っていたが、職員がその中の使える物資をリサイクルショップに売り払うのは当たり前。さらに着服も日常的な光景で、それを上司に注意をしたところ森田がNPOから追い出されたのだ。

「いま振り返ると、それらは貧困ビジネスの一環でした。しかし、当時〝純真無垢〟だった僕は、それが理解出来なかったんです」(森田)

その後、森田は貯金を切り崩しながら日雇いの仕事を探して、この街に住み続ける道を選んだ。

森田は炊き出しを通じて、ある宗教団体にも入った。だが、その炊き出しも、ボランティア精神からのものではなく、宗教心があまりに前面に出ていたのを感じ、それを疑問に思って辞めたという。宗教を隠れ蓑にして人を集め、その数がこの街の既得権益の獲得に繋がっていると感じられたからだ。

人を集めれば周りから警戒され、何かをやりたくても出来ない。そんなもどかしさを感じる日々が続いたという。

そんな森田を支え続けたのは、今の仲間である。森田がドヤに居住するうち、他の宿泊者と顔見知りになり、それが徐々に広がっていったのだ。次第に打ち解けた彼らの中で同年代の仲間を集め、数人であいりん地区から少し離れた地域に一軒家を借りた。

そんな森田は今、この街で、仲間たちと高齢者を雇用する事業を考えているという。給料として、1カ月の生活費を満たす金額を払うことはしばらく出来ないだろうが、働く楽しさを感じ取って思い出してもらえればいいと考えているようだ。

森田が訴えたいのは、「この街はおかしい」ということだ。

「現状に満足している人は少なく、それでも何かを変えようとしている人は、思っていても口には出しません。そんな特殊な街、それが西成なんだと。それらを変えようとする人間は、排除されていく街なんです」(森田)

脅されるなら、まだましだという。果ては、「不審火」をタバコの不始末と処理され、「殺人」も自殺と処理される街なのだ。

それは、この地域を管轄する西成警察署の体質も影響している。ここは大阪府警でも〝出世コース〟とされるところで、やっかいな事件を簡潔に処理してしまうことが大きな理由である。

この街を長年取材しているライターの花田庚彦氏は、街の特色をこのように語る。

「ひとことで説明すると、この狭い地域の中で、宗教、同和、左翼、暴力団、行政が複雑に絡み合い、全てが既得権益を守り、相互作用している街です。何かを起こそうとすると排除されるのは、そのためです」

これらを排除することは、ほぼ不可能と言っていいだろう。なぜなら、この形で数十年、街があり続けたのだから。この街の大きな成長産業と言える介護ビジネス、福祉アパートなども、この既得権益に含まれているから厄介だ。

しかし、この街がこれから外観だけでも変わっていくのは間違いない事実であろう。

「24時間空港」をウリにしている関西国際空港から外国人が昼夜問わず流れ込んでくるため、新大阪、梅田、阿倍野、ミナミからのアクセスが最高であるこの街が変わるのは必然だ。

むしろ再開発が遅れていると言っていい街である。

中身は変わらないが、外観だけが変わっていくこの街の未来は、今後どうなっていくのだろうか。

(文◎RNO編集部)